《クエンティン・タランティーノについて語る!パルプフィクションという映画が僕の人生を変えた〜映画監督が語る映画監督名鑑No,3〜》

どうも初めまして。木村文昭と申します。

まず始めに「映画監督が語る映画監督」とういうお題のコラムですが自分は映画監督と呼ばれるにはちょっとムズ痒い感じがする。自己紹介の時、自ら「映画監督の木村です」と名のった事はない。むしろ「『銀玉一郎』とか『スケベ男爵』の名前でAV監督をしています」と相手を様子を見て名のっている。結局の所40歳になっても映画監督という夢を捨て切れず同じカメラを使う職業であるアダルトビデオを撮りながら映画を作れる環境を作り「必ず!」とたまに思いながら生活してる。

「映画作るのは無理だな~」と思う事は日常茶飯事である。まず、日々制作されていく「映画」、そして過去の名作と呼ばれている「映画」の膨大な量に潰される。そして「映画」にはとてつもない「やる気」と「知恵」と「工夫」と「人間」が必要となり、その労力に「面倒」というやっかいな感情が生じる。

それでもなぜ「映画」を捨て切れないかというと19歳の時に見たたった1本の映画「パルプフィクション」という映画が僕のチンカス人生を変えてしまったからだ。この映画体験をしてしまった以上「映画監督」という「夢」は消したくても消せないのである。

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3年前に見た青山真二監督の「FUGAKU2/かもめThe shots」にて記憶は定かではないが、「夢を捨てる強さがないの」という台詞があった。僕は「あぁ~」と胸が痛くなり、その台詞は1年位僕の「頭をよぎった」。しかし、街で変な顔をして歩いている外人さんを見たり、隣の中国人留学生の寮から日夜聞こえるバカ騒ぎの声を聞くとなぜか頭に「映画」が浮かんでしまう。極めつけは撮影でヘロヘロになった後、ファミレスでスタッフとご飯を食べていると「あの娘かわいいよ」と言われ振り返った刹那、

「パルプフィクション」でのジョントラボルタとユマサーマンが食事をしているシーンが「頭をよぎる」

こんなシーンだ。

トラボルタ「あのバディーホリーはとろいウエーターだよマリリンモンローのほうがいい」

ユマサーマン「2人いるわ」

トラボルタ「1人さ、あれだよ」

振り返るユマサーマン。

僕は「今の振り返りってユマサーマンと同じ仕草だよ」と心で1人狂喜乱舞するのである。

帰り道は一人ウキウキだ。

「こりゃ夢を捨てる強さとかどうでもいいな。やりたいようにやるよ。」

と再び夢がモクモクと浮かび上がる。

なんて前置きだが、まだ前置きは続く。

それは「パルプフィクション」との出会いである。

 

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それは僕が19歳の時。僕は楽に儲かりそうな歯医者になろうと千葉の茂原市という田舎で浪人生活を送っていた。が、若さもあり「本当に歯医者でいいのか?」と日々悶々としていた。日々悶々だ。図書館や予備校で机に座って参考書を開き英単語や数学の公式はバカみたいにノートに書いてた。でも心の中は「ホントに歯医者でいいのか?歯医者なんて誰でもなれる。」と頭はいっぱいだった。そんな1浪の時、予備校に可愛い娘がいた。その娘はどことなく小泉今日子に似てた。もちろん周りには常に男が2、3人いた。冬の終わりに自習室で席が近くになり、なんとか1回話しかけたが名前も知らずに1浪生活は終わった。2浪が決まり心のどんよりはさらに拍車をかけた。そんな春、一人でごろごろとワイドショーを見ていると小泉今日子が永瀬正敏と婚約した。テレビからは8ミリで撮影された永瀬正敏が小泉今日子の髪を切っているという本当に胸クソ悪い婚約PV映像が流れていた。何でも永瀬正敏はテレビドラマには出ず映画にしか出ない映画俳優なんだとワイドショーのレポーターが言っている。「CMにはでてるじゃねぇか」と思うながらも、なぜかその「映画俳優」というこだわりが千葉の田舎のチンカスのアンテナに引っかかった。

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インターネットのない1996年、近所のツタヤの新作コーナーにあった林海象監督の濱マイクシリーズの1作目を借りて家で見た。

「やっぱ映画ってつまらないな」

その時家でかかっていたFMから「やっぱパルプフィクションでしょ!タランティーンノ凄いね!」という熱い声が聞こえた。その声は今でも記憶にある。僕は濱マイクを返却し新作コーナーに沢山並んでいた「パルプフィクション」のVHSを手に取った。知ってる俳優は1人もいない。趣味は釣りとプロレス鑑賞で友だちもろくにいないチンカスなので映画なんてトムクルーズ、ジャッキーチェン、スタローン、シュワルツネッガー、エディーマーフィしか知らない。FMから聞こえた声だけを胸にVHSを再生した。まずはレストランでアロハシャツのティムロスと髪の毛ボサボサのアマンダプラマーが強盗の計画をしている。FUCKの声がかたっぱしから飛び交う。僕のどんより気分を消し去った。ジョントラボルタが覚醒剤を注射する。僕まで気分はシャッキリだ。トラボルタとユマサーマンがダンスをする。僕の心も躍ってる。ブルースウィルスとヴィングライムスが尻をほられる。何の事かわからなかった。サミュエルLジャクションが人を殺す前に聖書の一文を読み上げる。

パルプフィクションは僕の聖書になった。

どんより気分に小さな光がさした。

「これ誰が作ったんだ?」

映画監督の存在を知った。

クェンティンタランティーノ。

そして予備校の帰りに1人で千葉の映画館に行く。

その年は映画生誕100周年で、映画が始まる前に必ず

「映画生誕100年、夢、送り続けます」とCMが流れていた。

夢を見つけてしまった。

それ以降コンビ二でバイトをして札を数える時は売人のエリックストルツの札の数え方になるし、ソファーに座る時はトラボルタの座り方になる。日々の所々でパルプフィクションが「頭をよぎる」。それが「映画」でありチンカス脳味噌にはクソ熱い「夢」という掴み所の無い本当にやっかいな「希望」が刻印されてしまった。

タランティーノについては色々な人が語っているのでそちらを調べてみて下さいね。

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〜筆者プロフィール〜

木村文昭 1975年生まれ いて座 A型  趣味 釣り

監督作品

「腹」「原子心母」「ホームへ帰る」「胸いっぱいの愛を」「わざわざ下北沢」

「糸」「左舞い」「人間ゾンビ」

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